「希少糖秘話」
B2004年2月11日
第三話 ベルトランは幸せ者
香川大学希少糖研究センター 何森 健
1.高等植物にL−型糖を発見?
1852年、植物からL−型糖が発見された。木の枝に1年以上も放置されていた“ななかまど”の実からL−ソルボースが発見されたのだ。当時からヘキソースはD−型のみが自然界には発見されていたので、このことは驚きの報告として多くの人がその追試をした。しかし、誰もがL−ソルボースを見つけることができなかったのである。そのためこの発見が間違いであったのではないかと思われるようになっていった。
この問題にベルトランが決着をつけた。詳細な経緯は定かでないが、1896年ベルトランは、酢酸菌がD−ソルビトールをL−ソルボースに変換することを発見したのである。この発見によって、それまで植物が生合成したと思われていたL−ソルボースは、植物体そのものが生産するのではなく、実はD−グルコースの還元で作られて生成するD−ソルビトールが微生物の力によって変換された産物であるという結論が導かれた。
このことから、やはり高等生物の植物がL−型の糖を生産するのではない、ということで一件落着した。植物はL−型の糖を作らないとの従来の考えが確認されたのである。
図はD-グルコースからL-ソルボースへの転換反応を示している。D-ソルビトールの炭素5位を酸化することでL-ソルボースを生産できるのである。この実験は ”L−ソルボース発酵“と呼ばれて非常に有名な歴史的研究であり、微生物利用学、発酵化学の分野では常識である。
上に述べたように、L−ソルボースが高等植物に存在するという「魅力的な出来事」が、微生物の作用による説明で決着するという「あっけない結末」を迎えたであろうと私は推測している。
ベルトランはこの実験結果を論文にまとめ学位を取得した。私の調べた範囲では、彼はL−ソルボース発酵を発表した後、糖関係の研究は行っていない。学位を得たのちに、彼は植物におけるミネラルの栄養学の研究へと展開したのであった。
2.一方、ビタミンCの研究は激戦中であった!
ここではベルトランG.. Bertrand やL−ソルボース発酵の話とは離れ、同じ時期に研究レースが激戦であったビタミンCの研究に眼を向けてみる。
1.1748年英国の海軍医Lindは軍艦の乗組員が壊血病患者の治療試験を行い、レモンの投与が有効であることを報告し、ビタミンの存在が推測された。
〜多くの研究者がビタミン発見に激戦〜
2.1920年Drummont が壊血病を引き起こす欠乏症の研究から、還元性を持つ物質をビタミンCと命名した。
3.1933年 Haworth らがビタミンCの構造を確定した。
4.1934年 ReichsteinがビタミンCの生産がL−ソルボースを原料として工業的に生産できることを示した。
このように、1748年にビタミンCの存在が現象的に予想されて以来、1933年にビタミンCの構造が確定するまでの長い期間にわたって、多くの研究者の先陣争いは熾烈をきわめたようである。このレースの真っ只中ベルトランは、「高等植物中のL−型糖の秘密」解明に取り組んでいた。ななかまどの実に存在したと報告されたL−ソルボースは、微生物によって生産されたであろうとの論争の決着をつけ、研究の方向を糖からミネラルへ転換したのであった
3.ベルトランは「それを」知っていたか?
さて本題にうつることにする。先ほど紹介したL−ソルボース発酵のベルトランの発表は1896年であった。この年譜と見比べて誰でもが、何かむずむずと感ずるに違いない。「彼はそれを知っていたか?」という疑問である。私はすぐさまベルトランの生年と亡くなった年を調べる努力を始めた。これはなかなか大変な作業であったが判明した。1867年生まれで1962年95歳で没している。
再度年譜を整理する。
1748年ビタミンCらしき物質の存在が予測された。
1896年ベルトランがL−ソルボース発酵を発表。
1933年ビタミンCの構造が確定。
1934年L−ソルボースからのビタミンCの工業的生産法確立。
1962年ベルトラン95歳で没す。
ベルトランは植物にL−型の糖が存在するという現象を追った基礎的研究を進め、L−ソルボースの存在の謎を解いた。彼がこの研究を完成させた当時、ビタミンCに関する激戦が行われていることだけは認識していたに違いない。しかし彼の研究には、全く関係のないレースと映っていたであろう。しかし、発表から37年後の1934年、彼が発見したL−ソルボースがビタミンCの工業生産に使用されたることになったのである。
そして、その時の彼は67歳であった。第一線の研究者として活躍していたかどうかは定かではないが「それを知っていた」のである。自分の若い時に行った博士論文の研究が再発見され、ビタミンCの工業生産に利用されるに至った事実を知っていたのである。彼は、大満足であったに相違ない。
4.最初の希少糖生産研究者ベルトラン
「ベルトランは幸せ者」という第三話の表題であるが、もう説明するまでもない。彼は、決してビタミンCの合成のために、L−ソルボース発酵の研究を行ったのではない。高等植物に存在しないと考えられた「不思議なL−型の糖の起源」を求めた基礎研究を進めたのであった。そして、若くして博士論文に書いたL−ソルボース発酵が後に再発見され、ビタミンCの生産という大きな工業化に利用されるのを自分の眼で見ることができたのである。L−ソルボースは希少糖の一種に分類されることから、私はベルトランを「希少糖生産を行ったの最初の研究者」であると位置づけている。
最初の希少糖生産研究者ベルトランは「幸せ者」であった。

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